能登で見た現実は写真では伝わらない|能登半島視察で感じたこと

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豊橋市の工務店、ニコハウス設計室代表で一級建築士の鈴木です。

昨日(11月5日)、M’s構造設計の皆さま、ウッディワールドのざきの皆さまと一緒に、能登半島の視察に行ってきました。

訪れたのは、珠洲市宝立町、輪島市市街地、そして輪島市門前町の黒島地区です。

令和6年能登半島地震の発災から、もうすぐ3年が経とうとしています。

ニュースや写真では何度も見てきた光景でしたが、実際に現地に立つと、受ける印象はまったく違いました。

街という形が、なくなっていました

津波の被害を受けた珠洲市宝立町では、建物が流され、街だったはずの場所に、街という形が残っていませんでした。

通り沿いには更地が続き、家が残っているのは、ぽつんと一軒だけ。

家が流された跡には、庭だった場所の松や石灯籠だけが残っていました。

そこに確かに、誰かの暮らしがあったことが分かります。

写真で見ていたのは、倒壊や浸水という「被害」でした。

でも現地では、失われたのは家一軒ではなく、道も、店も、毎日の暮らしそのものだったことが分かります。

たまたま居合わせた方が、話してくださいました

現地では、たまたま居合わせた、被害に遭われた方が、当時のことを話してくださいました。

用意された説明ではありません。

「地面が、海の波のように揺れた」

その方は、そう話してくださいました。

そして、倒れた建物が道路をふさぎ、避難できる道が限られてしまったそうです。

建物が倒れるかどうかは、その家に住む方だけの問題ではありません。

道路をふさげば、避難にも、救助にも影響します。

建物が倒れないことは、住む方を守るだけでなく、避難の道を残すことにもつながるのだと教えていただきました。

その方にとって地震は、終わった出来事ではなく、今も続いている暮らしの話でした。

報道で見ていた数字や映像が、一人の方の生活の話として目の前にありました。

私たちが設計で考えている「倒壊」や「被害」の先に、こうした一人ひとりの暮らしがあることを、忘れてはいけないと思いました。

地震のあと、そのままの姿で残る旧角海家住宅

輪島市門前町黒島は、北前船の船主集落として栄えた、重要伝統的建造物群保存地区です。

その中でも大きな存在であった旧角海家住宅は、国指定の重要文化財でありながら、地震で倒壊し、そのままの姿で残されていました。

保存地区として守られてきた街並みです。

でも、守るべき建物そのものが倒れてしまったとき、どう保存していくのか。

解体することも、残すことも、どちらも簡単なことではありません。

文化財としての価値と、そこに暮らしてきた方々の想いと、安全の問題。

簡単には答えの出ない課題を、目の前に突きつけられた気がしました。

4m隆起した地面と、海岸

そして、海岸では地面が最大で約4mも隆起していました。

海だった場所が陸になり、海岸線そのものが変わってしまった。

建物の設計では、地震の揺れにどう耐えるかを考えます。

でも、地面そのものが4mも持ち上がるというのは、その想像をはるかに超えた自然の力です。

人間の力の及ばなさを、改めて思い知らされました。

それでも、私たちにできることがある

だからこそ、思うのです。

建物が倒れないことは、命を守るための第一歩です。

私たちは、日頃から耐震等級3を標準とし、構造を大切にした家づくりをしてきました。

今回、構造の専門家であるM’s構造設計の皆さまと現地を歩きながら、その大切さを改めて確認することができました。

弊社の理念は『心地よい日常を創る』です。

でも、その日常は、当たり前に続くものではありません。

日常を支える器である住まいが、大きな地震のときにも家族を守れること。

それが、心地よい日常の土台になるのだと思います。

今回の視察で見たこと、そして現地の方に聞かせていただいた話を、忘れてはいけない。

そして、日々の設計や家づくりに、しっかりと活かしていかなければならない。

まだまだ学ぶことばかりです。

今回、このような貴重な機会をつくっていただいたM’s構造設計の皆さま、ウッディワールドのざきの皆さま、本当にありがとうございました。